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でかいガラガラ蛇のとぐろ
Les Anneaux du Gros Serpent Sonnette
レーモン・ルーセル Raymond Roussel
ロクス・ソルス訳
でかいガラガラ蛇のとぐろ (les anneaux du gros serpent sonnette) は私が目を上げた瞬間に犠牲者の上で収縮していた。私を虜にしていた本を遠くに投げ捨てて、私は問題の場所まで一足飛びに駆けつけ、腰に帯びた刀を抜き、その怪物の頭のど真ん中を叩いた。
血は一滴たりとも噴き出なかった。即死した大蛇は半ば拡がりながら倒れたのだ。
すると一人の男が現れ、爬虫類の躰を跨ぎ越え、跪いて感激して私の両手を握った。
そしてこの瞬間、私は救ったばかりの人を誰だと認識したのだろうか?
我がでぶっちょフェルモアその人、我が友、イヤリングを着けた我が勇敢なるブルトン人、我が詩人、とりわけ私の愛する音楽家、あまりに深遠にメランコリックな、その古い教会喇叭の音色で、頻繁に私の心を動かしてきた人なのである。
フェルモアの履歴は感動的である。フィニステール県の小さな港町に生れ、彼が非常に愛した古い教会で、まず聖歌隊の子供、次に管楽器奏者となっていった。そして毎日曜日、彼は奇妙に凸凹したその喇叭で地方の緩やかな旋律を奏でながら、信者たちを魅了していた。
というのも、フェルモアは愛を知っていたのである。彼はティージュという名の、か弱い娘を崇拝していた。
ティージュは貧しい漁師一家の一人娘だった。手厚い看護にもかかわらず、彼女は常に顔色が悪く虚弱であった。十七歳になっても夢見がちに歩いているように見え、歩みはあくまでも軽く、大きな緑の目はあくまでも神秘をたたえていた。
彼女もまたフェルモアを愛していたのだ。
「私がよくなったら、あんたの奥さんになるわ」と彼女は云ったものだ。
この考えの幸福感に酔って、フェルモアはティージュの額にキスして、ひたすら待とうと決めた。ティージュがミサに列席した時、フェルモアの喇叭は普段より優しい響きを帯びており、奏者が込めるあらゆる詩情の中に彼の尽きせぬ愛の痕跡が見出せるのだった。
ところが、年を経るにつれティージュはさらに弱っていった。
「よくなったらすぐに一緒になりましょうね」とフェルモアに繰り返すことをやめなかった。
不幸な管楽器奏者は、婚約者がこのように衰弱していくのを見る苦しみで気が狂いそうになりながら、彼女のために祈る夜々を過した。
ある夕べ――それは十二月二十四日のことだったが――、大雪が降っていた。それでもなおティージュは真夜中のミサに行きたがった。婚約者がひどく蒼ざめているのを見て、フェルモアは眩暈を起こさんばかりだった。しかしながら彼は神聖なる大式典の間、演奏しなければならなかった。フェルモアはこの一瞬の弱気を恥じて、おかしな輪郭の喇叭を手にしていて、ミサの間中ティージュから目を離さずに、幼年時代に覚えたお馴染みの旋律に微妙な変化をつけた。何と悲痛な表現を彼は注ぎ込んだことだろう! 彼の苦悩、情熱の全てが一音一音に込められていた。
式が終わると、ティージュは退出する前に、大きな外套で身を包んでいた。しかし相変らず雪は激しく降っていた。帰途、彼女はすっかり凍えてしまった。ガタガタと震えている彼女は寝かせられた。彼女の苦しみは短かった。かなり以前から死神はその仕事を始めていたのだ。
こうしてクリスマスの朝にティージュは息をひきとった。
凶事はあまりにも速くて、フェルモアに予告さえできなかった。
不運な男が到着した時、すべては終わっていた。彼は女友達の最期の別れを聞くことがなかったのだ。不幸な父親は寝台のそばに跪いて嗚咽していた。故人と同じくらい蒼ざめている母親はより冷静に見えた。フェルモアを見ると彼女は放心状態から脱して、一言も話さずに寝台に近づき、最愛の娘の両耳でいまだに輝きを放っている二つの金の輪を外した。
それらをフェルモアに渡しながら、彼女は囁いた。「このイヤリングはあの子の初聖体の時にあげたものなの。それからずっと外さなかったわ。あの子の思い出にもっていて頂戴……。だって娘が愛したのはあなたですもの!」
こらえきれなくてフェルモアはティージュにキスをおくり、そして蹌踉めきながら出ていった。
その晩、錯乱が彼を襲い、数週間、人々は彼が気がふれたと信じた。ところがある日、彼の頑健な性質が勝利をおさめ、彼は回復した。
だが魂は傷ついたままだった。国中のすべてが彼に過ぎ去った幸福を思い出させた。こんなにも辛い思い出にはこれ以上耐えられず、国を出る決心をしたのだった。ある晴れた朝、懐かしい教会や懐かしい鐘に別れを告げ、彼はギアナ行きの船に乗った。
少々の身の回り品以外では、詩のノートとかなり草臥れた喇叭しか持っていかなかった。耳には夜も昼も、あの哀れなティージュの金のイヤリングを着けていた。
彼はつつがなく遠い植民地に到着した。そこで、自らに新たな祖国を作ろうと思い、生まれ故郷に似た小さな港町に居を定めると、すぐに地域の小さなカトリック教会で管楽器奏者として雇われた。
一見何事もなく、彼はかつての生活を取り戻した。聖務の間喇叭を吹いたり、余暇の時には海や岩の詩歌を作ったりしていたのである。
しかし彼の詩は同じではなかった。いつもの短く的確な形式は失わなかったものの、今や各詩篇に癒しようのない絶望の痕跡が認められたのである。春よりも秋を、夜明けよりも日暮れを敢えて讃えたのだ。
私のギアナ滞在時に、フェルモアはすでに三十年間そこにいたことになる。忘却を求めながら……
年齢、白髪、肥満とともに忘却は到来してもよさそうなものだった……。実際は全く違った。フェルモアは相変らず愛しており、相変らず苦しんでいた。
我々は二人ともすぐに親密になった。私は彼の詩をすべて読み、そのいくつかを暗記していた。彼のずんぐりした喇叭の神秘的な音を私は愛好していたので、彼は自分の尽きざるレパートリーの中からブルターニュの古歌を私のために気軽に演奏してくれるのだった。その彼、そう、我が友、我が同胞である彼を、私は非業の死から引き離したところなのだ!
我々は話もせずに、お互いに驚きながら見つめ合った。
結局、私は彼が危うく死にそうになった恐るべき場所から遠ざけるために、彼を立たせることにした。だが、立ち上がるや否や、彼は不安そうに辺りを見回し始めた。間もなく喜びの光が彼の目に灯り、走って喇叭を拾いに行った。彼の最愛の喇叭は我々から数歩のところの地面に転がっていたのである。それは無傷で、彼が出した最初の音はよく響き、澄んでいた。彼は手短に事件を語ってくれた。太陽が眩しく輝くのを見て、晴れた朝、旅のお供に楽器を持って出かけた。長時間、田舎を彷徨い、幼少期の古い歌によって呼び覚まされた思い出に耽っていた。突然、彼は巨大蛇の前に自分がいることに気づいた。逃げようとは夢にも思わなかった。思いを空の方に馳せ、最後にティージュの名前を口にしながら、掌を合わせた。
私はちょうどその時に来合わせて、彼を解放したのだった。彼が話している間、私は自分の本を拾い、我々は静かに村の方へ歩き始めた。道々、彼は情感たっぷりに優しいロマンスを数曲演奏してくれた。金のイヤリングは南国の太陽の下、彼の耳元で煌めいており、私は老いたブルトン人の特徴的な美しい顔を愛でた。そのシルエットは気まぐれな形をした、でかい喇叭によってきれいに完成されているのだった。彼は私の家まで送ってくれて、彼の最後の握手は言葉よりも多くのことを私に云っているようだった。
翌日、原住民の召使が朝食とともに封筒と宝石箱を私のもとに運んできた。
フェルモアの筆跡を認め、私は慌てて封筒を引きちぎった。そこには四つ折に畳まれた大判の紙が入っており、私はそれを大きく拡げた。以下に掲げるものを読んで、私はほろりとした。
我が救い主に
友よ、それは我が唯一の財、我が唯一の富
これらのリングは飾り気がないが、私は確信する
私が着けることによって、それらは君の眼に
公爵夫人の
三十年以上前からそれらが絶えず私の耳元で
輝いていたのは、夜も昼も身に着けながら
姫君のような体つきの虚弱な娘の
鮮やかな思い出を保つため
これを君に贈る。君は私を黒い死から救った
君の鉄剣がなければ、私の息の根を止めようとした
怪物に、身の毛もよだつ食事として供されていたたろう
君のおかげで、平野を肥えさせる
恵みの太陽の熱を再び愛でている
そして遠い昔の不幸をまた思うことができる
その下には五線譜の上にブルターニュの優しい旋律の最初のフレーズが書かれていた。それは、彼があのぐにゃぐにゃと曲がりくねった古い教会喇叭で、よく演奏してくれた曲だった。
私は軽く胸を高鳴らせながら、宝石箱を開いた……。
翻訳の底本:Comment j'ai crit certains de mes livres (1935)"Les Anneaux du Gros Serpent Sonnette"
上記の翻訳底本は、著作権が失効しています。
翻訳者:ロクス・ソルス
2007年8月16日ファイル作成
2007年8月31日修正